壮絶な肉体&見た目改造に成功したしらぴょんこと白石進さんに注目が集まっていますね。
なんとも、過去は”中年ハゲ散らかし”と揶揄されていたそうですが、今の姿を見るととてもそうとは思えない爽やかさを放っています。
過去の画像と見比べると、一目瞭然ですよね。
〈before〉
世界のしらぴょん!!
わたしの尊敬する方です!#白石進 #しらぴょん pic.twitter.com/eXlHq5WjRi— さとっちゃん (@3104stst) November 23, 2019
〈after〉
白石進選手。#東京オープンボディビルディング選手権 pic.twitter.com/UgOJfe3d4u
— りゅう (@fightersmuscle) May 4, 2019
管理人、元のニュース記事を見て、中年でもここまで変われるんだ!
と、若干いつどうなっても安心するような感覚を覚えました(笑)
まぁ、しらぴょんがここまで変われた裏には血の吐くような努力あってこそだと思いますが…
そして、年齢関わらず多くの男性たちはこの人の姿を見て希望を持ち、
『いったい、何をしたらこんな風になれるんだろう?』
と、知りたい意欲が湧いてきたことかと思います。
そこで、今回この記事では、しらぴょんが肉体改造に成功した筋トレの方法をご紹介しましょう!
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しらぴょんwikiプロフィール
概要
そんなしらぴょんですが、まずどういう人物なのか、Wikipedia風に紹介しましょう。
本名:白石進
生年月日:1970年
配偶者:藤田千賀子選手
経歴
学生の頃は運動する習慣があったと仰っていますが、おそらく何か部活に入っていたと思います。
就職してからはほとんど運動はせずに太ってしまい、体重は最高で83kgにまでなってしまいました。
そして、一度結婚するも離婚することになり、その後は希望を失ったのか会社と家の往復のみで、家にいれば酒に入り浸る不健康生活を送っていました。
しかし、45歳のあるときに、『このまま、何もしないままで人生が終わってはまずい!』と自分を奮い立たせ、以前から憧れていたボディビルコンテストに向けて肉体改造を決意しました。
コンテストに出るためにやったことはひたすら独学。
一歩間違うと大怪我のおそれがある筋トレに着手したのもすごい覚悟ですね。
普通なら、どこかのジムでトレーナーをつけて実践しますが、あまり入れ込みすぎず”楽しみながら”をモットーにするため、好きなラーメンや甘いものは断ちませんでした。
嫁の藤田千賀子選手と再婚
離婚がキッカケで始めたボディビルでしたが、それが再婚のキッカケにもなりました。
コンテストで知り合ったそうで、藤田さんはフィットネスビキニの選手です。
あまり聞き慣れないコンテストですが、女性が水着姿で筋肉美を疲労する、ボディビルの女性バージョンですね。
趣味も同じということで、しらぴょんも再婚後はとても充実していると、満足げです!
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しらぴょんの筋トレ・トレーニング方法とは?
メニューは超基本
前出で紹介の通り、彼は独学でトレーニングを始めたことから、いたって基本に忠実です。
始め立てであれば、
- 腕立て伏せ:10回3セット
- 腹筋:10回3セット
これだけで目に見えて変われるそうです。
あとは、やるかやらないかですね。
モチベーション維持が上手い!
管理人、この人の経歴を見て思ったのが、見出しの通りモチベーション維持がすごく上手いことです。
何でもそうですが、誰だってやり初めのときはモチベーションMAXですよね。
よっしゃあ~!!
って感じで。
だけど、それは長くは続きませんよね。
- 思った以上にしんどい…
- なかなか思うような結果にならない…
- 周りに誘惑がいっぱい…
様々な要因でモチベーションが奪われていき、やがてそれがなくなって挫折…という王道パターンです。
しかし、しらぴょんの場合は
- ラーメンや甘いものは辞めない
- ケガのリスクも考えた無理のないメニュー
- とにかく”楽しむ”が優先
これらを徹底しているので、モチベーションが落ちることがないんです。
やり初めはモチベーションが高いゆえ、早く結果を出してやろうと無理しがちなんですね。
また、こういうのって、目に見えた結果が出るまでに時間がかかるものです。
彼がその時間に耐えられたのも、楽しんでいたから。
だから続けられたし、続いたからこそ結果が出た。そしてまたモチベーションが上がった、の繰り返しでしょう。
まさに好循環ですよね。
彼は、モチベーションの高いときに上手く抑えられていると感じました。
まとめ
トレーニングで人生が激変したしらぴょんこと白石進さん。
彼のwikiプロフィールや、結果を出すためのトレーニング方法を紹介してきました。
繰り返しになりますが、やはり続けてナンボなので、そのための燃料、すなわちモチベーションをどうやって維持するかが成否のカギではないかと思います。
彼は初めからそれが分かっていたのか、精神的・肉体的ともに負荷をかけすぎないことを意識したからこそ4年間続けて来られたのかも知れませんね。
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